人工知能(AI)は大きな進歩を遂げてきましたが、新たな領域となるエージェンティックAIは、これまで想像もできなかった方法でビジネスと社会に変革をもたらすと期待されています。推論、行動、交渉を独自に行うことができるこのような自律システムにより、AIは自動化の域を超え、人間の意思決定や創造性を拡張するものへと進化するでしょう。
HCLTechのCTO兼エコシステム部門長であるVijay Gunturは、ダボスで開催された世界経済フォーラムで、AI技術のインパクトに関する3人のリーダーとのパネルディスカッションで、このような可能性について次のように説明しました。「2030年までに、AIは世界経済に15兆ドルの価値をもたらすと予想されており、これは現在の中国とインドのGDPの合計にほぼ匹敵します。誰もがこの恩恵にあずかりたいと望んでいます」
SAP SEのカスタマーサービス&デリバリー担当取締役のThomas Saueressig氏は、「ぐずぐずしてはいられません。製品にもたらすメリットは本物です」と付け加えています。
導入が進む主な要因
Royal Philipsのエンタープライズインフォマティクス部門チーフ・ビジネスリーダー兼最高イノベーション&戦略責任者であるShez Partovi氏は、主に3つのビジネス上の期待がエージェンティックAIの導入を促進しているといいます。
- オートメーション - 業務の自動化、特にロボティクスと組み合わせた場合
- オーグメンテーション - GitHub Copilotなどのツールで人間の生産性を高めるAI
- アジリティ - リアルタイムの意思決定を可能にするAI、特にサプライチェーンなどの分野
ただ、Partovi氏は、AIエージェントが常に完璧な意思決定を行うとは限らないため、ガバナンスと透明性が非常に重要になると指摘しています。
エージェンティックAIの大規模導入における障壁の克服
導入を成功させるための大きな障壁は、高品質なデータへのアクセスです。Partovi氏は「エージェンティックAIの成功は、データの量、多様性、正確性という3つの要素にかかっている」と説明しています。
信頼性の高いAIモデルを構築するには、偏りのない、業界固有の独自データが不可欠であるという点で、パネリスト全員の意見が一致しました。
「組織は正しい意思決定のために正しいデータを必要としています。質の高いデータにアクセスできるようにすることが重要で、エージェンティックAIはその実現に役立ちます」とGunturは述べています。
Saueressig氏は次のように付け加えています。「パブリックLLMは同じデータを使用しており、差別化されていません。抜きん出るには、企業は独自のデータを入手する必要があります」
障壁は、技術的な課題だけではありません。エージェンティックAIへの移行には、組織文化と考え方の転換が必要です。リーダーシップが効果的に機能していれば、実験、イノベーション、リスクテイクを進んで受け入れるでしょう。Saueressig氏は次のように述べています。「リーダーは予測可能性と安定性を好みますが、実験的な考え方を採用し、あらゆるレベルの従業員をこのテクノロジーに関与させなければなりません。課題はそこにあります」
「迅速に適応し、実験を受け入れるリーダーは、このような技術的進歩の恩恵を有利な形で得られるでしょう」とGunturは同意しました。
アクセシビリティと接続性も、依然として重要な課題です。「インターネットに接続していない人は大勢います」と、Microsoftの基本的権利のためのテクノロジー担当コーポレート・バイスプレジデントであるTeresa Hutson氏は述べています。
Hutson氏は次のように続けました。「AIシステムは、人々の多様なニーズを満たすものでなければなりません。私たちが構築するサービスに、それを使う人々が反映されている必要があります」
これについて、Saueressig氏は次のようにコメントしました。「AIが社会にもたらすポジティブな要素に焦点を当てるべきです。AIは敵ではなく、味方だと信じています」
生産性から可能性へ:エージェンティックAIが瞬時にもたらす効果
このように課題はあるのものの、エージェンティックAIは、さまざまな業界全体に瞬時に機会をもたらします。Gunturは、カスタマーサポートやマーケティングといったフロントオフィスの役割や、製造における製品のパーソナライゼーション、ライフサイエンスにおける規制対応といった現在の用途を挙げ、エージェンティックAIと生成AIとの重要な違いを説明しました。「生成AIが選択肢を生み出すことに重点を置いているのに対し、エージェンティックAIは自律的に意思決定を行います。提案から能動的な意思決定へのシフトは、エージェンティックAIが以前のAIのサブセットと一線を画していることを示しています」
ヘルスケアでは、Gunturは「エージェンティックAIでデータに基づく推奨事項を提供し、臨床医が意思決定に費やす時間を大幅に短縮できます」と強調します。また、今後数年で、AIが創薬や希少疾患への対応において重要な役割を果たすようになると予想しています。
Partovi氏は、ヘルスケアにおけるこの革新的なインパクトについて次のように述べています。「AIは、CTスキャンの優先順位を「先着順」ではなく「緊急性」に基づいて判断することができます。このマイクロタスクは、ヘルスケアの提供方法に大きな変化をもたらします」
エージェンティックAIは、生産性と効率性に優れているだけでなく、十分なサービスを受けていないコミュニティに人生を変える機会を提供します。Hutson氏は次のように述べています。「新しいテクノロジーをいち早く採用するのは、多くの場合、障がいを持つ人々です。たとえば、オーディオブックはもともと目の不自由な人のために設計されたものです。私たちは現在ライクス美術館と連携して、目の不自由な人のために美術品の視覚的な説明を作成し、また、変性疾患によって声を失うリスクのある人がボイスバンキングを利用できるようにしています」
今後の展望として、Saueressig氏は、2025年はすべての「退屈な管理業務」にAIシステムを適用する年になると示唆しました。Partovi氏は、次の10年で、組織のAIエージェントがブロックチェーン上で互いに交渉するようになると考えています。
変化を受け入れる
大きな変化には抵抗がつきものです。
AIの場合、「人々は仕事がなくなるのではないかと心配しています。一部の仕事はなくなりますが、最終的には仕事が増えることになります」とHutson氏は述べています。
Hutson氏は、技術革新とともに隣接産業が生まれた例として、米国の州間高速道路網を挙げました。「高速道路が建設されたときビルボードやモーテルも生まれましたが、誰もこのような効果があるとは考えていませんでした。隣接産業にこそ、私たちは目を向けるべきではないでしょうか」
AIの可能性を完全に引き出すには、幅広い導入が重要だとHutson氏は強調しました。「技術的な変革に成功している国や組織は、その技術を国民全体や労働力全体に普及させているのです」
Saueressig氏もこれに同意し、次のように述べています。「世代を超えて従業員を教育することが重要であり、多くの企業がAIとデータプログラムを重視しています」
同氏はまた、AIがもたらす変化を受け入れるには、信用と透明性の構築も重要であり、それには「信頼性、責任、関連性 」が鍵になると付け加えました。
革新的なAIの世界
パネルディスカッションの締めくくりに、モデレーターを務めたSaikat Chaudhuri博士(カリフォルニア大学バークレー校教授。AI・イノベーション・戦略が専門)が次のように述べました。「エージェンティックAIは、私たちに漸進的な変化をもたらすのではなく、革新的なAIの世界へと導いてくれるでしょう。これまで想像もできなかったことができるようになると思います。ただ、それには、信頼を築き、データの質を向上させ、独自のデータセットを構築し、リーダーシップと組織の改革に取り組む必要があります。重要なのは、変化を受け入れ、イノベーションを促進することです」